ひがしのみやこ

とても大きな駅に降り、どこの改札から出たらよいのか駅員さんに訊こうとしていたら改札の外に息子が立っているのが見えた。3年ぶりのような気がするが正確なことはわからない。わたしは立派な中年のオバハンになったが息子は一向に変わったふうもなかった。
それぞれが目の前の日常に取り組んでいる間、たくさんの水が川を流れていったのだと思う。
しかし一方で、感慨にふけるのにはまだ早いとも思った。わたしも息子もまだまだ前を向いて歩いてゆくほかはないのだ。
Commented by chara050505 at 2018-01-23 15:38
こんにちは。一読してとても暖かい気分になりました。ありがとうございます。
さて、2行目の〈立派な〉は、〈中年の〉にかかるのでしょうか、それとも〈オバハン〉にでしょうか。〈中年のオバハン〉でしょうか。笑。
以前京都に住む姉にメールで「クリニックの待合室は中年女性とおばはんばっかりやった」と送ったら、「中年女性とおばはんはどう区別するのか?」と返ってきました。「なんとなくわかるような気もするけど、特に関西では区別したくなることが多い、この辺ではおばはんが多い」と続いていました。笑。
Commented by konohana-bunko at 2018-01-23 21:27
chara050505さま こんばんは。
立派、かつ、中年、と、重なっているのであります。
そうですね、「おっちゃん」と「おっさん」の間にも、微妙なニュアンスの違いがあるように感じますしね。
by konohana-bunko | 2018-01-23 15:08 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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