歌集『緑の墓』岡部桂一郎 (昭和31年/1956)
数條のレール光れる暁の薄明のなか紙ひとつとぶ
黄昏に入らんとぞしてほてりたる歩道をぬらす数分の雨
遠天に夕やけ雲の消えしとき骸炭の山を転落する骸炭
空気銃持てる少年があらわれて疲れて沈む夕日を狙う
ここにある阿呆の一生(ひとよ)埋まりて夜毎の月と朝朝の霜
音もなくうねれる夜の水の上に壜ただよいて星々は目守(まも)る
荷車に轢(ひ)かれて砂利のつぶるる音めざめて間なき世界より来る
白磁器のふちが机上にかがやける輪とのみなりし夜を放心す
日の沈み終わりし空は匂いつつガラスの鉢に透く赤き魚
砂の上に濡れしひとでが乾きゆく佛陀もいまだ生れざりし世よ
おとずれの如くわが身をさしにくる夜ごとの縞蚊、天(あめ)の星々
瞬間にあいし二つの手のひらより命死にたる蚊が落ちてくる
鋪装路を数かぎりなく枯葉越ゆ赤き葉まじりおれども枯葉
昏れがたの歩道の上に音もなく白き紙きれ舞いてしずまる
(一部、旧字を新字に変更しています)
歌集『坂』 岡部桂一郎 青磁社 (2014)
人の世のわれを選びてかたわらのざくろはあかき口をあけたり
この空の深い青さはなんだろうもっと嘆けということなのか
いきいきと大根畑さわだちて風を連れたる犬が過ぎたり
父母よわが死ぬときに現われて立ち給うなよ覗き込むなよ
かすかなることと思うな月のぼる東の空のほほえむものを
大根の畑に来たり腕組みし無用の人は大根を見る
墓地工事人の働くかたわらに毛布かぶりて待つ石一基
影が前に人がうしろにいるような歌つくりたしわが出来ざらん
かすかなる風は路上の紙きれをなぐさみながら連れてゆきたり
大いなる鋼の板の宙吊りに上りてたわむとき鰯雲
ナイル河岸(きし)に摘みしというミント繁れる鉢のそばに寝ころぶ
原稿の枡目の中にかなしめる「それまで」の文字「それから」にする
第一歌集の『緑の墓』の中でも、遺歌集の『坂』の中でも、路上を舞う紙片の歌があることに気付いてうれしくなった。心に掛かるモチーフがあれば、何年経っても、何度詠んでもいいのだと思えて。同じ泉から、幾度でも汲めばいいのだ。その都度、あたらしい水を飲めるのだ。
「影が前に人がうしろにいるような歌」とはどのような歌なのだろう。わかりそうでわからないこの歌にいたく心を惹かれる。