
石牟礼道子歌集『海と山のあいだに』 葦書房(1989)
半年ほど前、図書館で石牟礼道子の全詩集を見つけたので借りて読んでみた。
その続きで、歌集も読みたくなった。
以下、心に響いた歌を引用。
友が憶えてゐてくれし十七のころの歌
ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとじるらむ白き手帖を
ときにふと心澄ませばわが胸に燃ゆる火ありて浄き音立つ
かたぶいたトロッコの上にやつとこさ道生がのぼつたオーイと手を振る
坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも
歌話会に行きたきばかり家事万端心がけてなほ釈然とせず
おほらかに生きゐよといふ強き声あたたかく欲し肩のあたりに
歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし
無恰好な馬鈴薯をくりくりむき揃ゆるこの従順にしばらく和む
あたたかい冬の夜ふけに起き出して倖せな言葉をいつぱい書けり
焼き藁の奥に残れる燠赤し田の中の道よぎらむときに
まがり角よりくる人間をなつかしむなべてあざやかな悪相の類も
反らしたるてのひら仏像に似つ前の世より来しわがふかき飢餓
めしひたる少女がとりおとす鉄の鍋沈めば指を流るる冬の川
「道生」は息子さんの名前。
引用はしないが、若い時に自殺を図った時の歌なども、生々しいくらい率直に詠まれていた。
巻末に「あらあら覚え」と題した、著者と短歌の関わりについての文章がある。地方に暮らす、決して裕福ではない一介の主婦が、歌会に参加したいという願いを持った時、周囲はどう反応したか、制約のある環境の中でそれらをどう叶えていったかを辿ることができる。この振り返りの文章だけをとっても、この一冊を読んでよかったなと思った。
戦後食べてゆくために化粧品の行商を試してみたものの一向うまくいかずやめてしまった時、友人から言われたことば。
〈やっぱりあんたは、田んぼ道ば一人で、蝋燭の芯の灯っとるごつして、歩きよるとが似合うばい〉