口女 ―水をわたる

口女 ―水をわたる_c0073633_2101951.jpg
口女 ――水をわたる     十谷あとり


クレヨンが紙をはみ出る勢ひに海へ海へと伸びる大阪

四貫島島屋春日出つばくらめ大根一本百円の路地

有限会社山本莫大小玄関の金の成る木の鉢枯れやまず

自転車の沈む河口を渡る鳥口笛のやうに鳴く鳥もゐた

   メリーゴーラウンド

ふりむけばとほざかるのにゆくてにはいつもわたしを待つ母のかほ

父は無言に立ち上がりたりわたくしの見えぬところで母を撲つため

さかのぼる曳船いくつ運河にも流れはありぬ見えがたきまで

   安治川トンネル

歩行者の渡れぬ橋のまた一つ掛かりて向かう岸は遠のく

おん あい と口ひらくこそかなしけれ鯔の群れあの中のわたしだ

口女(くちめ)より生るるは口女吾子の唇(くち)にみづかね色のピアスは光る

             「短歌研究」(短歌研究社)9月号 全30首より10首掲載




写真、天保山大橋、大阪から神戸方面へ。
by konohana-bunko | 2007-08-21 21:04 | 空中底辺

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり