<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<?xml-stylesheet href="/assets/xslt/rss.xsl" type="text/xsl" media="screen" ?>
<rss version="2.0"
     xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
     xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
     xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
     xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#">
  <channel>
    <title>空ヲ洗フ日々　十谷あとり:読書雑感</title>
    <category domain="http://konohanas.exblog.jp/i12/">読書雑感</category>
    <link>http://konohanas.exblog.jp</link>
    <description>何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
    <dc:rights>2025</dc:rights>
    <pubDate>Thu, 03 Apr 2025 23:23:50 +0900</pubDate>
    <dc:date>2025-04-03T23:23:50+09:00</dc:date>
    <sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
    <sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
    <sy:updateBase>2013-06-01T12:00:00+00:00</sy:updateBase>
    <image>
      <title>空ヲ洗フ日々　十谷あとり</title>
      <url>https://pds.exblog.jp/logo/1/200503/07/33/c007363320170226181244.jpg</url>
      <link>http://konohanas.exblog.jp</link>
      <width>80</width>
      <height>80</height>
      <description>何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで</description>
    </image>
    <item>
      <title>四十数年ぶりに高村光太郎詩集を読む</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33714046/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33714046/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202504/03/33/c0073633_23230679.jpg" alt="_c0073633_23230679.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
四十数年ぶりに『高村光太郎詩集』を引っ張り出して読んでみた。<br />
大方の詩はすっかり忘却していたが、覚えていたもの、数行をはっきりと思い出せるものもあった。中学の授業で読んだ（読まされた）「道程」「冬が来た」「ぼろぼろな駝鳥」。高校一年の一学期に読んで、異様に胸が苦しくなった『智恵子抄』の「樹下の二人」「風にのる智恵子」「山麓の二人」など。<br />
<br />
<br />
高村光太郎の詩は力強くてわかりやすい。そして随分あどけない。悪口で言うのではない。ストレートな力強さとわかりやすさ、そこに見え隠れするあどけなさ無邪気さが美質だし、作品の生命力の源となっている。<br />
ただ、今の自分の眼で読み直すと、「道程」は堂々としすぎて気恥ずかしいし、「ぼろぼろな駝鳥」はちょっとスローガンみたいに感じられてしまう。『智恵子抄』の諸作品は、高校生の時は素直に恋愛の苦しさうつくしさだけを享受できたが、今となるとつい（智恵子さんはどう思っていたのだろう、彼女が彼女の立場からことばを発することができていたら、それはどんなことばだっただろう）などと考え込んでしまう。男性の芸術家が、女性をミューズとして崇めうつくしい作品を生み出す。それは芸術という大義名分のもとに彼女を消費し、彼女の生を歪めたり損ねたりすることにつながりはしないか。<br />
<br />
<br />
今あらためて詩集を読んで、こころがのびのびと温まると思ったのは、「わが家」、「下駄」の二篇。個人的な好みと言ってしまえばそれまでだが、このように小さな、さりげない詩がいいと思うのだがどうだろう。<br />
<br />
<br />
下駄<br />
<br />
<br />
地面と敷居と塩せんべいの箱とだけがみえる。<br />
せまい往来でとまつた電車の窓からみると、<br />
何といふみそぼらしい汚らしいせんべ屋だが、<br />
その敷居の前に脱ぎすてた下駄が三足。<br />
その中に赤い鼻緒の<br />
買い立ての小さい豆下駄が一足<br />
きちんと大事相に揃へてある。<br />
それへ冬の朝日が暖かさうにあたつてゐる。<br />
<br />
<br />
『高村光太郎詩集』伊藤信吉編　新潮文庫　（1950年刊）より<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 03 Apr 2025 23:23:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-04-03T23:23:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　土屋文明『新短歌入門』</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33672644/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33672644/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/01/33/c0073633_23064333.jpg" alt="_c0073633_23064333.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
本を読みながら、気になったところに付箋を貼る。読み了えて、メモを書いたり書かなかったりし、気が済んだら付箋を外す。本に（お疲れ様）と言ってやらなければならない。わたしの読書は、本に対して随分自分勝手なふるまいだと思う。<br />
<br />
<br />
このごろはゆふべの畑に子等をやり一日にうれし苺つましむ*<br />
<br />
<br />
『新短歌入門』で土屋文明が取り上げていた例歌のひとつ。<br />
――この頃は夕方の畑にこどもたちを行かして、苺を摘んで来させるのだ――と、生活の中の素直な喜びを描いて、何も難解なところがない。「一日にうれし」を散文に変換すると味気がなくなるが、読み解くためにあえてすれば「（この）一日にうれしく感じることだ」といった感慨だろうか。それが「子等をやり」と「苺つましむ」の間に挟み込まれている。ここがこの歌の構造上最もチャーミングなところだと思う。<br />
「このごろは」というさりげない初句から、一日にうれし、と気持ちを述べて、最後に現れる苺摘み。ああいいな、と思う。表記もほどほどにひらがなを交え、目にやわらかい。ことばにいちいち書かれていなくても、苺の鮮やかな赤、こどもの声、晩春の入日のほのぬくさを受け取ることができる。<br />
<br />
<br />
作者はアララギの会員だろうか。新聞への投稿者だろうか。作者の名前は記されていない。土屋文明は簡潔に、「日に日に苺が熟れる、それを摘み家族の者が日を過ごしている裕かな生活が思われましょう。」とだけ書いている。<br />
<br />
<br />
*土屋文明著『新短歌入門』筑摩書房（1986年刊）　40ページより引用<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 01 Feb 2025 23:07:22 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-02-01T23:07:22+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　『舟』44・45号（現代短歌舟の会機関紙）</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33659531/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33659531/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/12/33/c0073633_23054013.jpg" alt="_c0073633_23054013.jpg" class="IMAGE_MID" height="637" width="477" /></center><br />
現代短歌舟の会　機関誌『舟』第44号（2023年6月夏号）<br />
同じく第45号（2024年12月冬号）<br />
こちらの二冊より、いいな、好きだなと思った作品を数首引用する。<br />
<br />
<br />
　　三月六日　　浅川洋<br />
<br />
<br />
ここからは大きな船に乗りますと娘の笑顔を見送る夢も<br />
<br />
<br />
冬の居場所、春の居場所、ゆるしの居場所、飼い猫たちがそっと知らせる<br />
　　　　　　　　　　　<br />
現代短歌舟の会　機関誌　『舟』第44号（2023年6月夏号）（十五首作品より二首引用　40ページ－41ページ）<br />
<br />
<br />
一首目、夢の中で娘さんが発した「ここからは大きな船に乗ります」ということば。「大きな船に」ということは、遠いところを目指すという意味もあるのだろうか。この夢の意味は想像することしかできないが、この歌全体が発する仄かな淋しさと明るさだけは、手につかみ取れるもののようにはっきりと伝わってくる。事柄だけを簡潔に言い、結句の「も」に詠嘆の念を込めた下句も見事だ。<br />
二首目、二通りの読み方ができるかと思った。ひとつは、猫が季節や状況に応じて快適な場所を上手に探して（そこで過ごしていることで）知らせてくれているというもの。もうひとつは、猫が、冬がここにいたよ、春がここにいたよ、ゆるしがここにあるよ、と、ひとつひとつ見つけて知らせてくれているというもの。個人的には（敢えて）後者の読みで鑑賞したい気持ちでいる。「冬」「春」に「ゆるし」を組み合わせた作者の感性に脱帽する。<br />
<br />
<br />
＊<br />
<br />
<br />
　　家移りとぞ　　斉藤蒔<br />
<br />
<br />
そらあをく　桜木の下ひとり佇つ　のこりの人生グリコのおまけ<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
現代短歌舟の会　機関誌　『舟』第44号（2023年6月夏号）（十五首作品より引用　60-61ページ）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　　旅にしあれば　　斉藤蒔<br />
<br />
<br />
ほとばしりを児にふくませたはいつのこと息吹き涸れゆくちぶさかなしも<br />
<br />
<br />
宇野亜喜良の描く哀（いと）しき少女たち　われは少女のなれのはてなり<br />
<br />
<br />
現代短歌舟の会　機関誌　『舟』第45号（2024年12月冬号）（十五首作品より二首引用　56-57ページ）<br />
<br />
<br />
斎藤蒔作品の美点は、作者が独自の「美の規矩」を持ち、それを磨き、それに基づいて書いているところにあると思う。そのモノサシで常に自分をも計る。それに恥じない表現を目指す。そして「わたしはこれが美しいと思います。」と堂々とことばを差し出す。筋が通っているから、受け取る側も押し付けがましさを感じない。背筋の立て方を心得ているのだ。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 12 Jan 2025 23:08:54 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-01-12T23:08:54+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　短歌同人誌「Cahiers　カイエ　あれから」</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33654018/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33654018/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/04/33/c0073633_23110038.jpg" alt="_c0073633_23110038.jpg" class="IMAGE_MID" height="374" width="500" /></center><br />
短歌同人誌「Cahiers　カイエ　あれから」（2024年9月8日刊）を読んだ。<br />
2024年9月の大阪文フリでいただいたもの。<br />
ほんの少しだが引用して感想を書く。<br />
<br />
<br />
＊<br />
<br />
<br />
聖堂は祈りに満ちるきれぎれの原初のごときみどり児の声<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　二方久文　「別れ」より<br />
<br />
<br />
聖堂の祈りがみどり児に向けられたものなのか、それとも偶然祈りの場に居合わせた子なのか。それはわからないが、この一首にはみどり児の生命力と、それを祝福する気配が満ちているように思う。<br />
葛原妙子の「疾風はうたごゑを攫ふきれぎれに　さんた、ま、りぁ、りぁ、りぁ」という歌を連想した。<br />
<br />
<br />
半音を下げて話せばぐずぐずと女の枠が外れゆきたり<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　稲泉真紀　「閉じ込められる」より<br />
<br />
<br />
女性の声の高低にはどういう意味があるのだろうと考えてしまう。よそゆきの声などという言い方もある。電話に出ると声が甲高くなる人もいる。声を半音下げ、身構えず、より素に近い声で話せば、女の枠が外れてゆく。そして中からひとりの、性別にとらわれない本質としての人間が現れてくる。<br />
<br />
<br />
お祭りの笹の葉枯れて夕風に音する　外はすこし涼しい　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　とみいえひろこ　「青空」より<br />
<br />
<br />
七夕の笹飾り笹は、伐ってから日が経つとだんだん緑が褪せ、葉も干からびて縦に細く巻き上がってしまう。そして伐りたての笹より、しばらく飾って乾燥した笹の方がさらさらとよく鳴るのだ。夕風、笹の音、そして涼しさ……と、どこにも無理や力みのない描写が心地よい。<br />
<br />
<br />
夕暮れは世界をわたりここへ来た神戸大橋空にうかべて　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　草野浩一　「夜店のあかり」より<br />
<br />
<br />
谷川俊太郎の「朝のリレー」ではないが、夕暮も常に地球上を巡っている。当たり前といえば当たり前のそのことを捉えて「世界をわたりここへ来た」とことばに書くと、詩情が生まれる。「神戸大橋」ということばがあることで、作者が立っている場所、目の焦点が読み手にもくっきりと伝わってくる。夕暮が橋（橋のシルエット？）を空にうかべる、という言い回しも素敵だ。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 04 Jan 2025 23:11:26 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-01-04T23:11:26+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　『歌集　矩形の空』　酒井佑子</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33653307/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33653307/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/03/33/c0073633_23071732.jpg" alt="_c0073633_23071732.jpg" class="IMAGE_MID" height="637" width="477" /></center><br />
酒井佑子著　『歌集　矩形の空』　砂子屋書房　（2006年刊行）<br />
<br />
<br />
図書館に返す前に、取り急ぎ読書メモとして。<br />
<br />
<br />
・一冊を通して作者のこころの強さが感じられた。<br />
・自己愛や矜持を衒いなく詠んで、嫌味なく美しい歌に仕上がっているところに凄みを感じた。それができるのは、作者のよき資質（育ちのよさ）と、表現の力量あってのことだと思う。<br />
・字余りの歌、また五七五七七に収まらない歌がある。声に出して読むと、ところどころ少しごつごつとした結び目がある感じ。定型のリズムより、作者独自のリズムが勝っているのだろう。<br />
<br />
<br />
海紅豆の強剪定に思ひ及ぶ豚を煮て長く坐りゐるとき<br />
　　　（海紅豆　かいこうづ）<br />
<br />
<br />
海紅豆（アメリカデイゴ）という樹の強い個性と「豚を煮る」という行為のぶつかり合いが強烈な印象を生む。「豚肉」ではなく「豚を」としたことで「生命を奪って食べている」感じが強く出ているように思う。<br />
<br />
<br />
ある角に百円ショップはなばなと夕日さし入りて品みなかがやく<br />
<br />
<br />
あたたかき海に生まれて台風は楽しからずやよろこびの渦<br />
<br />
<br />
二首目、「よろこびの渦」がとても好きだ。破滅的なエネルギーをもたらすよろこびの渦。<br />
<br />
<br />
八幡の森に風わたるぶつぶつに荒れた古い刺繍のやうなこころ<br />
<br />
<br />
よろこびは単簡にしてひやひやと萩吹く風のもなかを歩む<br />
<br />
<br />
ステンレスシンクの底にひとひらの水の舌夜を籠めて乾かず<br />
<br />
<br />
ふるどしの落葉堆き森の下び歩みつつ楽しみつつぬばたまの鳥<br />
<br />
<br />
少年に大中小ありて小なるの一人めざましきフィールディングを見す<br />
<br />
<br />
白菜の立ち腐れつつみ冬づく三畝の土は見れど飽かぬかも<br />
<br />
<br />
英字ビスケットそのＩの字の砂糖衣うすももいろの今にかなしも<br />
　　　（砂糖衣　フロスティング）<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 03 Jan 2025 23:07:58 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-01-03T23:07:58+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　歌集『桃』　ヨシダジャック</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33652051/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33652051/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202501/01/33/c0073633_23441291.jpg" alt="_c0073633_23441291.jpg" class="IMAGE_MID" height="374" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
ヨシダジャック著　歌集『桃』Yoshida Marketing Office （2024年刊）<br />
<br />
<br />
みずみずしい黄桃の表紙。ちょうどいい軽さ、明るさの感じられる造り。白すぎず、ほんの少しざらついたページに触れるとき、ペーパーバックっていいなあと思う。この厚みと手触りはどこかなつかしい。そう、昔むかし読んだ、谷川俊太郎訳のスヌーピーの漫画本に似ている。<br />
<br />
<br />
短歌一首、散文、挿画が見開き二頁にきれいに収まっている。個人的にいいな、好きだなと思った作品を、二首引用。<br />
<br />
<br />
・空を見れば大小の熊眠りおり　ひかりはきっと答えではない<br />
<br />
<br />
（38ページ「ひかり」より）<br />
<br />
<br />
星座のおおぐま座、こぐま座のことだろうか。下句の静けさが好きだ。星の光に何かを求めたり感じたりするというありがちな発想が、きれいに反転されているところが気持ちいい。<br />
<br />
<br />
・願掛けの天神、天満、難波橋、橋姫ひしめきあって笑う<br />
<br />
<br />
（56ページ「橋姫」より）<br />
<br />
<br />
ひとつの橋に橋姫がひとりいるのだとしたら、大阪市内には何人の橋姫がいるのだろう。橋姫どうしで集まって遊びに行ったりするのだろうか。歌に触発されてそんなことを想像するのが楽しい。<br />
<br />
<br />
ジャックさんの短歌は、きちんと勘所を押さえていながら軽やかで自由だ。『桃』を読んでいると、自分の短歌のとらえ方、表現の窮屈さ、重さが逆光を浴びたように浮かび上がってくる。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 01 Jan 2025 23:44:51 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-01-01T23:44:51+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　黒沢組歌集　「街道」　第八号</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33441016/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33441016/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202408/20/33/c0073633_14071082.jpg" alt="_c0073633_14071082.jpg" class="IMAGE_MID" height="637" width="477" /></center><br />
黒沢組歌集　「街道」　第八号　風卵舎　2024年3月20日発行<br />
<br />
<br />
今年の春に読んで、机の上に置いたままになっていた。本を読んでも、手を動かさないと頭が働かない。読まなかったことと同じになってしまう。<br />
すっかり今頃だが、好きだなと思った歌をいくつか引用させていただく。<br />
<br />
<br />
・少女らの赤、青、黄のヘルメット春風が行く自転車が行く<br />
　　横田初子　「空っていいよ」より<br />
<br />
<br />
・鶏頭の花は重たいかぶりもの被るおんなの頭のようで<br />
　　青沼ひろ子　「太陽の柚子」<br />
<br />
<br />
・六畳の部屋に座って風の声きく夕刻はペソアの詩集<br />
　　浅川洋　「東風」　<br />
<br />
<br />
<br />
・深海の魚の形のしろいくも風に喰われた頭と骨だ<br />
　　榎並宏子　「喰われる」<br />
<br />
<br />
・波を越え渡るあとりの一群のいちはいちはの体温みとむ<br />
　　黒沢忍　「ああ海ね」<br />
<br />
<br />
・手術後の夫の手握る名を呼べば握り返す手こんなに厚い<br />
　　五味雅子　「ペレケの鮭」<br />
<br />
<br />
・透きとおる肋骨樹肌に護られて良き内臓を弥勒は持てり<br />
　　坂本まゆみ　「月を持つ」<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 20 Aug 2024 14:08:15 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-08-20T14:08:15+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　佐藤弓生歌集『モーヴ色のあめふる』</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33417977/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33417977/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202407/16/33/c0073633_23005601.jpg" alt="_c0073633_23005601.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
佐藤弓生歌集『モーヴ色のあめふる』（書肆侃侃房／2015年）より、好きだなと思った歌を以下引用。<br />
<br />
<br />
・手で包むこどものあたまあたたかい種がいっぱい詰まってそうな<br />
<br />
　――「あたたかい種」って何て素敵な表現なんだろう。一度読んでしまったらこのイメージを忘れることができない。<br />
<br />
<br />
・天は傘のやさしさにして傘の内いずこもモーヴ色のあめふる<br />
<br />
<br />
・ふくらはぎに陽射しひくくふれてくるプラットホームもう脚ばかり<br />
<br />
<br />
　――駅という、ひたすら移動する場所の特徴を言い得て妙。<br />
<br />
<br />
・まんまるな月ほどいては編みなおす手のやさしくてたれか死ぬ秋<br />
<br />
<br />
・月寝（い）ねしのちの沙漠をなおゆける骨ゆらゆらと王子王女は<br />
<br />
<br />
・座席からのぞけばのぞきかえされる夏の月夜のみじかい旅に<br />
<br />
<br />
　――鉄道の旅と読んだ。さしのぞく月の眼差しがやさしい。短夜、月光をかえす二条のレールの上を揺られてゆく旅。<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 16 Jul 2024 23:02:06 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-07-16T23:02:06+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　飯田有子歌集　『林檎貫通式』</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33409009/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33409009/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202407/03/33/c0073633_22333565.jpg" alt="_c0073633_22333565.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
現代短歌クラシックス01　『歌集　林檎貫通式』　飯田有子著　（書肆侃侃房／2020年）<br />
<br />
『林檎貫通式』について書いた拙文が、うた新聞令和６年６月号「近年刊行のオススメの歌集」に掲載されています。そちらで紹介しきれなかった歌を以下引用。<br />
<br />
・北半球じゅうの猫の目いっせいに細められたら春のはじまり<br />
<br />
<br />
<br />
・ハンドルに白い如雨露をひっかけて夏生まれの人が自転車で行く<br />
<br />
<br />
・帽子屋のシャッターゆっくり巻きあがり下からあらわれる麦わら帽たち<br />
<br />
<br />
・ときどきどこかへとてつもなく帰りたい眼科検査の気球への道<br />
<br />
<br />
・セコムしていないおうちの軒先の朝顔夕顔ふうせんかずら<br />
<br />
<br />
・深々と夜更けの米びつうつそみの肘までうずめて何かにふれる<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 03 Jul 2024 22:34:09 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-07-03T22:34:09+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>『漢詩一日一首　春・夏』より、ほんの少し</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33328133/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33328133/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/29/33/c0073633_19223826.jpg" alt="_c0073633_19223826.jpg" class="IMAGE_MID" height="637" width="477" /></center><br />
<br />
<br />
『漢詩一日一首　春・夏』より、ほんの少し引用。<br />
<br />
<br />
―――<br />
<br />
<br />
人生行楽在勉強　　人生の行楽　勉強に在り<br />
<br />
<br />
人生の楽しみは、「勉強」にある。この勉強は、日本語の勉強に似て、似ない。むりをすること、むりやりにでもすること。人生の楽しみは応分に、などいわず、むりやりにでも享受すべきである。<br />
<br />
（p122　花と娘　欧陽修　の解説より）<br />
<br />
<br />
―――<br />
<br />
<br />
江畔何人初見月　　江畔　何れの人か　初めて月を見し<br />
<br />
<br />
この大川のほとりの月を、誰がはじめて見たのであろう。この大川の月は、いつはじめて人を照らしたのであろう。<br />
悠久のむかし、太古のころ、この月をはじめて見た人、人をはじめて照らした月は、という問いかけは、平凡でない。<br />
<br />
<br />
（p185　春江花月の夜　張若虚　の解説より）<br />
<br />
<br />
―――<br />
<br />
<br />
「江畔何人初見月」というくだりに触れて、この歌を思い出した。<br />
<br />
<br />
・三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや　　山中智恵子<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 29 Apr 2024 19:23:19 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-04-29T19:23:19+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　一海知義　『漢詩一日一首』春・夏／秋・冬</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33307908/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33307908/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/14/33/c0073633_00124887.jpg" alt="_c0073633_00124887.jpg" class="IMAGE_MID" height="637" width="477" /></center><br />
<br />
<br />
一海知義著　『漢詩一日一首』春・夏、秋・冬（２冊組）　（1976年刊／平凡社）<br />
<br />
和歌にもおおく影響を与えている漢詩に少し触れてみたい、漢詩の入門書といったものをひとつ読んでみたいと思っていたところに、天牛書店さんで見つけて買い求めてみた。<br />
難しさに途中で投げ出すのではないかと思っていたが、非常に読みやすく、解説も行き届いていて、手を取って案内してもらっているように楽しく読むことができた。<br />
一海先生に漢文習いたかった。<br />
付箋はたくさん貼ったものの今はゆっくり引用を打ち込むことができそうにない。再読、再々読の際に気に入ったものを記録したい。<br />
<br />
<br />
余談。先日来、家人のテレビ鑑賞に相伴して中国のテレビドラマを観ている。これがまたすこぶる面白い！「兵聖（孫子兵法）」から今は「大秦賦（始皇帝天下統一）」。人間は今も昔もずっと戦争しているのだなとつくづく思い知らされる。<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 14 Apr 2024 00:15:03 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-04-14T00:15:03+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　『明石海人全歌集』　内田守人編</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33266762/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33266762/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202402/12/33/c0073633_21472949.jpg" alt="_c0073633_21472949.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
『明石海人全歌集』内田守人編　短歌新聞選書　短歌新聞社（1978）<br />
<br />
明石海人という名前は、以前から聞き覚えていたけれど、ようやく今になって読むことができた。<br />
もっと若い、感受性がやわらかかった（かもしれない）時期に読んだ方がよかっただろうか。<br />
でも<br />
出会う時が来なければ出会えないし<br />
出会った時が自分にとって読むのに一番よい時なのだろう。<br />
<br />
<br />
『明石海人全歌集』より、以下引用。<br />
<br />
<br />
・七寶の太花がめのあをき肌夕かげりくるしづけさを冷ゆ<br />
<br />
<br />
・音たてて螇蚸（はたはた）ひとつ飛びにけりあれぢののぎくおどろがなかを<br />
　　　あれぢののぎく　に　傍点あり<br />
<br />
<br />
・井戸端の梅の古木に干されたる飯櫃（おひつ）も見ゆれわが家の寫眞に<br />
<br />
<br />
　　　――写っているものが卑近であるほど、つらさがありありとたちのぼって伝わってくる。<br />
<br />
<br />
・萌えいづる榁の白芽に降る雨は匂ひあたらし音（ね）のあかりつつ<br />
<br />
<br />
　　　――音までも目に捉えられたような、あるいは見えているものと聞こえているものが二重奏をしているような。<br />
<br />
<br />
・ひとしきり跳ぶや海豚のひかりつつ朝は凪ぎたるまんまるの海<br />
<br />
<br />
・蒼空の澄みきはまれる晝日なか光れ光れと玻璃戸をみがく<br />
<br />
<br />
・蒼空のこんなにあをい倖をみんな跣足で跳びだせ跳びだせ<br />
<br />
<br />
　　　――この三首大好きだ。明澄な世界、生きようとする力の横溢。<br />
<br />
<br />
・いつしかと我に似かよふ木の椅子の今朝はふてぶてと我を見据ゑぬ<br />
<br />
<br />
　　　――ふてぶてと　がよいと思う。<br />
<br />
<br />
・夕づけばしづむ遠樹の蟬の聲なにもかもしつくして死にゆくはよけむ<br />
<br />
<br />
・ちひさなる抽斗あまたぬき竝べあれやこれやに思ひかかはる<br />
<br />
<br />
　　　――この歌好き。「思ひかかはる」がいい。<br />
<br />
<br />
・海鳥はいまだ遊ばず朝潟にねむる小蛸は人にとられぬ<br />
<br />
<br />
・ひやびやと霧をふふみて明けそむる蘇鉄に遠き発動船（ポンポン）のおと<br />
<br />
<br />
<br />
　　　――日日、海を見ていたのだろうか。瀬戸内の海を。<br />
<br />
<br />
・ひたすらに待ちてかぼそき日もありぬほぐせば青き花芽ながらに<br />
<br />
<br />
・活栓に堰きとめられし水勢のあてどもあらぬ我が忿（いか）りなり<br />
<br />
<br />
・甘藍は鉛のごとく葉をたれぬ暮れてひさしき土のほてりに<br />
<br />
<br />
・硝子戸はぴしんと閉まりつかの間をひろがり消えるむなしさに澄む<br />
<br />
<br />
・夕づけば七堂伽藍灯りつつさくらひと山目をあけてねむる<br />
<br />
<br />
甘藍の歌がとてもよいと思った。鉛の鈍い照り、重さ、土に残る日の熱。<br />
<br />
<br />
後半、口語調だったり字余りを厭わず詠んだ歌もあった。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 22 Feb 2024 22:23:05 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-02-22T22:23:05+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　『石本隆一全歌集』</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33257415/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33257415/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202402/11/33/c0073633_22573392.jpg" alt="_c0073633_22573392.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>永田先生はよく「本を読みなさい」と言っておいでだったが、何を読めとまでは言われなかった。自分で考えて、選んで、自分で学ぶ他はない。そんな中めずらしく「あとりはこれを読んでおいた方がいい」と明確に勧められたのがこの本だった。気になる歌をノートに写しながら読んでいたら、読み始めから１年８か月経っていた。<br />
<br />
<br />
＊<br />
<br />
<br />
『石本隆一全歌集』　短歌研究社（2016）より、以下引用。<br />
<br />
<br />
・石擲たばぴしりと割れん冬空の青さの下にわがからだあり<br />
<br />
<br />
・水耕のサフランの芽は青みたり掌にとるこれはひとつのいのち<br />
<br />
<br />
・ゴムまりを水に漬けむとせしときの抗いに似る眠らむとして<br />
<br />
<br />
・めぐらせるわが垣のうちこのとしも蟇（ひき）いできたり媚ぶることなく<br />
<br />
<br />
・風のなか椋鳥収めおえたれば欅の一樹いちはやく闇<br />
<br />
<br />
・風化せでかなしきものは葬列を守る石獣の跪く列<br />
<br />
<br />
・渾身の訣れをひとはするものかかなしみは常あとより育つ<br />
<br />
<br />
・水馬（みずすまし）ひとつ来て搏つ水の膜ふかく撓みておれど破れず<br />
<br />
<br />
・六千の鶴のねむりを地に見よと冬満月の引きあげらるる<br />
<br />
<br />
・欠けつれど手振り見えつつ並びゆく踊る埴輪の喜びは何<br />
<br />
<br />
・目黒不動裏の山辺に落ち葉積みぬくとくありつ昆陽の墓<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 11 Feb 2024 22:58:06 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-02-11T22:58:06+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　歌集『海と空のあいだに』　石牟礼道子</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33212283/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33212283/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202401/06/33/c0073633_23235550.jpg" alt="_c0073633_23235550.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
石牟礼道子歌集『海と山のあいだに』　葦書房（1989）<br />
<br />
<br />
半年ほど前、図書館で石牟礼道子の全詩集を見つけたので借りて読んでみた。<br />
その続きで、歌集も読みたくなった。<br />
以下、心に響いた歌を引用。<br />
<br />
<br />
<br />
　　友が憶えてゐてくれし十七のころの歌<br />
ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとじるらむ白き手帖を<br />
<br />
<br />
ときにふと心澄ませばわが胸に燃ゆる火ありて浄き音立つ<br />
<br />
<br />
かたぶいたトロッコの上にやつとこさ道生がのぼつたオーイと手を振る<br />
<br />
<br />
坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも<br />
<br />
<br />
歌話会に行きたきばかり家事万端心がけてなほ釈然とせず<br />
<br />
<br />
おほらかに生きゐよといふ強き声あたたかく欲し肩のあたりに<br />
<br />
<br />
歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし<br />
<br />
<br />
無恰好な馬鈴薯をくりくりむき揃ゆるこの従順にしばらく和む<br />
<br />
<br />
あたたかい冬の夜ふけに起き出して倖せな言葉をいつぱい書けり<br />
<br />
<br />
焼き藁の奥に残れる燠赤し田の中の道よぎらむときに<br />
<br />
<br />
まがり角よりくる人間をなつかしむなべてあざやかな悪相の類も<br />
<br />
<br />
反らしたるてのひら仏像に似つ前の世より来しわがふかき飢餓<br />
<br />
<br />
めしひたる少女がとりおとす鉄の鍋沈めば指を流るる冬の川<br />
<br />
<br />
「道生」は息子さんの名前。<br />
<br />
引用はしないが、若い時に自殺を図った時の歌なども、生々しいくらい率直に詠まれていた。<br />
<br />
<br />
巻末に「あらあら覚え」と題した、著者と短歌の関わりについての文章がある。地方に暮らす、決して裕福ではない一介の主婦が、歌会に参加したいという願いを持った時、周囲はどう反応したか、制約のある環境の中でそれらをどう叶えていったかを辿ることができる。この振り返りの文章だけをとっても、この一冊を読んでよかったなと思った。<br />
<br />
<br />
戦後食べてゆくために化粧品の行商を試してみたものの一向うまくいかずやめてしまった時、友人から言われたことば。<br />
〈やっぱりあんたは、田んぼ道ば一人で、蝋燭の芯の灯っとるごつして、歩きよるとが似合うばい〉<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 06 Jan 2024 23:25:06 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-01-06T23:25:06+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>最近読んでいる本　『歌人番外列伝　異色歌人逍遥』　塩川治子</title>
      <link>http://konohanas.exblog.jp/33146755/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://konohanas.exblog.jp/33146755/</guid>
      <description><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202311/10/33/c0073633_21592764.jpg" alt="_c0073633_21592764.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
『歌人番外列伝　異色歌人逍遥』　塩川治子　短歌研究社（2020年）<br />
<br />
あとがきに、〈専門歌人でない人で、他分野で特に名が知られている人々を取り上げている〉〈番外の番外として死刑囚なども入っている〉〈取り上げる人の条件のひとつに歌集を出していること〉と書かれている。<br />
短歌（和歌）のアンソロジーとして、楽しみながら読んだ。<br />
付箋をつけた歌を引用してみる。<br />
<br />
<br />
・我が夢の一つ一つを負はすべくあまたの生命（いのち）欲しと思へり　　鶴見和子<br />
<br />
<br />
・菊の影大きく映る日の縁に猫がゆめみる人になりしゆめ　　片山廣子<br />
<br />
<br />
・人に打たれひとを打ちえぬ性（さが）もちて父がうからは滅びむとする　　片山廣子<br />
<br />
<br />
・川にゆく路を電車にてよぎるとき夕光（ゆふかげ）敷ける土うつくしき　　小林昇<br />
<br />
<br />
・坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも　　石牟礼道子<br />
<br />
<br />
・歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし　　石牟礼道子　<br />
<br />
<br />
・「人を人とも思はぬやうな、かたむきの性を、そなたは持てり」とや母。　　大熊信行<br />
<br />
<br />
・かなしきは、発作のごとく、にはかなる願なりけり、本が買ひたし。　　大熊信行<br />
<br />
<br />
・せとものゝひゞわれのごとくほそえだは淋しく白きそらをわかちぬ　　宮沢賢治<br />
<br />
<br />
・なまこ山海ぼうず山のうしろにて薄明穹のくらき水色　　宮沢賢治<br />
<br />
<br />
・うつせみの世は夢なれや桜花咲きては散りぬあはれいつまで　　源実朝<br />
<br />
<br />
・六つのみちをちこち迷ふともがらはわが父ぞかし母ぞかし　　道元<br />
<br />
<br />
・世の中にまことの人やなかるらん限りも見えぬ大空の色　　道元<br />
]]></description>
      <dc:subject>読書雑感</dc:subject>
      <dc:creator>konohana-bunko</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 10 Nov 2023 22:00:49 +0900</pubDate>
      <dc:date>2023-11-10T22:00:49+09:00</dc:date>
    </item>
    <supplier>
      <url>
        <excite>https://www.excite.co.jp/</excite>
        <exblog>https://www.exblog.jp/</exblog>
        <idcenter>https://ssl2.excite.co.jp/</idcenter>
      </url>
    </supplier>
  </channel>
</rss>
